事実を知っている者からすれば

事実を知っている者にとってSBS/AHTという説が未完成であることは共通認識だ。
SBS/AHTは警鐘を鳴らすに留めておくべき代物だ。

SBS/AHTという説による行為でも3徴候は起こるのだとは思うが、当事者は、それ以外(低位落下や内因性)によっても3徴候は起こることを知っている。
低位落下の定義も曖昧だ。以前は3メートル以下では起こらないとの主張だったはずが最近では90㎝以下では起こらないに変わっている。
謎です。
この先、80㎝以下では、70㎝以下では、60㎝以下では起こらないと説の存続を懸けて変えて行くのだろうか。
本当に子どものことを考えているのだろうか。

SBS/AHTという一説には疑わしい点がある。海外を見ても、それは明らかだ。
疑わしいからと親子を引き離しているが、疑わしいことが明らかな一説に基づく親子分離が未だに見直されず放置されている。
子どものことを真剣に考えていたら直ちに見直し始めるはずだ。

疑わしい一説に基づき刑事事件にもされてしまい生活をぶち壊されている。失われた時間は戻ってこない。
SBS/AHTに惑わされている人々に、いつまで同じ過ちを繰り返されて被害者を増やし続けられてしまうのだろうか、、、

疑わしきは

疑わしきは…

・児相は「虐待」と疑わしければ、調査を後回しにして親子を引き離す。 ← 子どもの安全を守るためらしい
・「虐待との診断」が疑わしくても(根拠が不十分な仮説であっても)、それは信用する。 ← 子どもが親と一緒にいる権利は蔑ろ。(事実から目を背けて、乳児が話せないのを口実に自身の介入を都合よく正当化)

・捜査機関は何でも疑ってかかると言うが、何故か虐待と決めつけるのに都合の良い「SBS/AHT診断」は受け入れている。海外では根拠が不十分な仮説と言われるようになっているものを何故とことん疑わないのだろうか、、、

冤罪はなぜ起きてしまうのか?

SBS/AHTを支持する人は事実から目を背けて親は嘘を付くと決め付ける。
これが出発点となり冤罪に繋がっている。

なぜ冤罪が起きてしまうのか?

冤罪をでっち上げた人と組織は過去の冤罪から何も学んでいないのだろうか?
冤罪を生んでしまった経験を活かしていないから過ちを繰り返しているのではないだろうか?
それとも冤罪は過ちであるとは思っていないのか、、、
虐待から子どもを守るためならば冤罪は仕方がないのだろうか、、、
虐待は絶対に許されず社会全体で子どもを守るべきだが冤罪もあってはならないと思う。

病院、児相、捜査機関、司法、それぞれに存在する問題を理解しようとしなければ、この問題を解決するのは難しいのではないだろうか。
なぜ同じ過ちが繰り返されてしまうのか。
冤罪に巻き込まれた本人と家族の痛みを知らなすぎる。

いたずらに個人や組織の責任を追及すべきではないと思う。
しかし、もうこれ以上、冤罪を生まないためには、冤罪をでっち上げた人にも組織にも罰則が必要なのかもしれない。

無罪判決!

11月21日の大阪地裁判決。
公明正大な判決だ。
脳神経外科医の証言が重視された。
硬膜下血腫の専門は脳神経外科医。

脳神経外科学会が参加していない小児科学会が主張しているAHTに関する共同声明に妥当性はあるのだろうか???
医学とは何か?
実際に硬膜下血腫の治療を行うのは脳神経外科医。経験の積み重ねに基づく証言。
検察側の医師は机上で都合よく積み重ねた説に基づく証言。

硬膜下血腫に対する臨床経験が豊富なのは脳神経外科医。
検察側の医師は何に対する臨床経験が豊富なのだろうか。

裁判員裁判の方が過去に縛られず、きちんと個別に考えてくれるのではないかと思う。

逮捕状

裁判官は逮捕の必要性があるのかどうか、きちんと考えているのだろうか???
あまりにもハードルが低すぎる。ほぼほぼ通ってしまうのが現実のようだ。
誤認逮捕で身柄拘束をされてしまった本人とその家族への影響を裁判官は知らないのだろうか。

一時保護から続く長期間の親子分離

子どもを守るためとの名目で疑わしければ、突然、強制的に、親子が引き離されてしまう。児相に疑われてしまうと安易に。
児相と話し合いたいと思っても、こちらの主張をたたぶつけるだけでは、嘘つき(嘘つきに協力する人々)の言うことなど聞けるかとばかりに片付けられてしまっていると感じている。
我が子が人質に取られているので児相の考えを受け入れたうえで児相の世界観で通用しそうな言葉を選んで粘り強く立ち向かうしかない。
正義を貫こうと真っ向から訴えると我が子の居場所も分からず会うことも出来なくされてしまうのだから。

現行の虐待対策

児相が虐待と疑えば親元から子どもを連れ去る現行制度。
どれ程、虐待ではない不要な親子分離の処分/措置がとられているのだろうか。
税金の無駄遣いをしているのだろうか。
厚労省は児相に人質をとって無理やりに親子分離の処分/措置をさせておきながら親とのラポール(信頼関係)を築けと無理難題を突き付けている。
親が語る事故の事実や内因性の可能性には耳を傾けず、毅然とした態度で「疑わしきは親子分離」と接してくる相手を信頼するなどと厚労省は考えているのだろうか。
一般市民を何だと思っているのか。
自身は性悪説で親に接するが親には性善説を求めるのはいかがなものか。
親と直接に接する児相ケースワーカーの立場には同情するが、自身の役割に本気で臨んでいれば機能しない制度だと現場から突き上げるのではないだろうか。それとも現場から要求をしているが無視されているのだろうか。

一時保護/施設入所措置に不服を唱えると、、、

一時保護処分/施設入所措置に対して不服を唱えると我が子に会えなくさせられてしまいます。
不服を唱える手段(審査請求、処分の取り消しの訴え、家庭引き取りの要求)に踏み切れず、児相の言うままを受け入れるしかないのが実情です。
宮崎県の児童相談所が提訴された件が実例です。
内容は、
業界レーダー
http://gyokairader.blog40.fc2.com/blog-entry-356.html
でご覧になれます。

一時保護は職権により親の同意なく強制処分できる制度なので親に同意を求める児相の存在は耳にしたことがありません。
施設入所への同意については、我が子が人質にとられてどこに居るのか居場所も分からない状況で居場所と面会をダシに使われるので同意せざるを得ない。同意しないと居場所も分からず面会もできない。
不服を唱えると面会を禁止されて会えなくさせられては溜まりません。
我が子に会えるのを心の支えに何とか不当な処分/措置に耐え忍んでいます。
児相に意図がなかろうが親は圧力を掛けられていると感じています。
いつの間にか親は立場を弱くさせられていて家族が長い間苦しめ続けられています。
不当な親子分離で奪われた時間は二度と取り戻せません。

SBS/AHT診断では虐待を鑑別できません

SBS/AHTという考えは、
何が明らかで、
何が足りないのか、
足りないものをどうやって補うのか、
が整理されていない。

日本ではアメリカからSBSという考え方が持ち込まれる以前から中村Ⅰ型(乳幼児急性硬膜下血腫)という考え方があるのに何故、SBSが広まってしまったのだろうか?大変な被害をもたらしているというのに。